メンタルヘルスの不調を訴える労働者が激増し、健康経営が注目を集める現代では、会社の安全や健康に対する備えはもちろんのこと、優秀な従業員を確保し長く働いてもらうためのツールとして、産業保健活動がこれまで以上に重要な位置を占めています。 それにつれて、これまであまり存在感のなかった産業医にスポットが当たるようになりました。
産業医は、ある程度の規模の企業であれば法的に選任の義務があるため、これまでも自社にいたはず、という会社も少なくありません。ただし、これまでの産業医は、積極的に産業保健活動に関わるというよりは、法的な安全義務を果たすだけの消極的な存在でした。ところが、時代の変化とともに産業医の意識も変わり、積極的に産業保健活動に関与する産業医が増えています。
本来であれば、企業の規模は関係なく、全ての働く人の安全と健康を守る産業医は必須の存在といえます。しかしながら産業医が必要といわれても、これまで選任したことがない会社の方にとっては、どんなことをしてくれるのか、また自社にとってどんなメリットがあるのかなど、業務内容の実態についてイメージがつきにくいことと思います。
今回は、実際に産業医でもある筆者が、特に初めて産業医を選任する会社、またこれまで名前だけの産業医をお願いしていたが、メリットがあるなら自社の産業保健に積極的に関わってくれる産業医を探したいとお考えの会社のご担当者に向けて、そもそも産業医とはどんな存在か、産業医を選任する法的義務について、簡単に説明します。さらに産業医の役割とその仕事内容についてまとめ、産業医を選任するメリットをご提示します。
産業医とは、「事業場において労働者が健康で快適な作業環境のもとで仕事が行えるよう、専門的立場から指導・助言を行う医師」です。
(【引用】https://www.tokyo.med.or.jp/sangyoi/whats)
つまり、職場の安全と健康を守るお手伝いをしてくれる医師といえます。労働安全衛生法によって、一定以上の規模の事業場には産業医を選任する法的な義務があります。
医師なら誰でも産業医になれるわけではありません。労働安全衛生規則第13条第2項には「産業医は、労働者の健康管理等を行うのに必要な医学に関する知識について厚生労働省令で定める要件を備えた者」と定められています。実際に産業医として業務を行うためには、以下のいずれかの要件を満たす必要があります(労働安全衛生規則第14条第2項)。
1.厚生労働大臣の指定する者(日本医師会、産業医科大学)が行う研修を修了した者
2.産業医の養成課程を設置している産業医科大学その他の大学で、厚生労働大臣が指定するものにおいて当該過程を修めて卒業し、その大学が行う実習を履修した者
3.労働衛生コンサルタント試験に合格した者で、その試験区分が保健衛生である者
4.大学において労働衛生に関する科目を担当する教授、准教授、常勤講師又はこれらの経験者
5.このほか、厚生労働大臣が定める者
(【引用】https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000103897.pdf)
このうち、労働衛生コンサルタント(上記3に該当)は更新のない資格ですので、一度取得すると生涯にわたり、産業医としての業務を行うことが可能です。日本医師会が認定する産業医(上記1に該当)は、5年ごとに所定の研修を受けることで更新される資格です。研修内容はメンタルヘルスや有害物質、最近の厚生労働行政など、多岐にわたります。
産業医と病院に勤務している医師(勤務医、臨床医)との差が分かりにくいというご意見もよく耳にします。実生活上お世話になっている病院の勤務医はイメージがつきやすいですが、産業医の業務は一般社員には見えないことも多いので、なかなかイメージがつきにくいところです。同じ医師でも、実はこの2つは全くといっていいほど異なるものです。
まず、業務の対象とする人たちが違います。病院に勤務する医師の業務対象は、病気を持つ患者さんです。それに対し、産業医が担当するのは、働く人全てです。病気を持ちながら働く人はもちろんのこと、病気がない健康な労働者も産業医の業務の対象となります。
そして、業務の内容も大きく異なります。病院に勤務する医師が行うのは、治療行為です。自覚症状がある方、または健康診断で異常を指摘された方などがご自身で病院を受診し、それに対して治療を行うのが、勤務医の業務です。それに対し、産業医の仕事は、労働者の健康管理や職場環境の改善に対する専門的な立場からの指導や助言です。医療行為は行いません(企業内診療所の医師を兼務している場合などを除く)。なぜなら、産業医は中立の存在であり、会社側にも労働者側にも偏らない立ち位置を取る必要があるからです。
したがって、基本的には産業医活動を行っている会社の方を患者さんとして病院で受け入れるのも望ましくありません。産業医の中立性が崩れ、会社側に行った指導や助言が受け入れられなくなる可能性があるからです。
自社に産業医の選任が必要かどうかは、基本的には会社の規模で決まります。会社の規模は、常時雇用する従業員数で決まります。
1.常時雇用する従業員が50人未満の事業場:産業医を選任する法的な義務はありませんが、努力義務とはなっています。
2.常時雇用する従業員が50人を超える全ての事業場:産業医の選任が必要となります。従業員の人数によって、以下のように分けられます。
従業員数が50〜999人の事業場の場合、基本的には1人以上の産業医の選任が必要です。この場合は嘱託産業医で問題ありません。ただし、従業員500〜999人の事業場でも、特定業務(有害な業務)に常時500人以上の労働者を従事させている場合は、1人以上の専属産業医の選任が必要です。
従業員1000〜2999人以上の全ての事業場:1人以上の専属産業医の選任が必要です。
従業員が3001人を超える全ての事業場: 2人以上の専属産業医の選任が必要です。
常時雇用する従業員が50人未満でも、産業医に業務を依頼する必要が法的に発生する場合があります。月80〜100時間以上の残業を行った従業員がいる場合です。この場合、従業員の疲労蓄積の程度を把握するとともに、本人の申し出があれば医師による面談を実施する必要があります。面談の記録は5年間の保管が義務付けられています(労働安全衛生法第66条ほか)。
専属産業医の選任が必要となる特定業務(有害な業務)については、労働安全衛生規則第13条第1項第2号によって以下のように定められています。
500人以上の事業場で専属産業医が必要な業務(安衛則第13条第1項第2号)
(1) 多量の高熱物体を取扱う業務及び著しく暑熱な場所における業務
(2) 多量の低温物体を取扱う業務及び著しく寒冷な場所における業務
(3) ラジウム放射線、X線その他の有害放射線にさらされる業務
(4) 土石、獣毛等の塵埃又は粉末を著しく飛散する場所における業務
(5) 異常気圧下における業務
(6) 削岩機、鋲打機等の使用によって、身体に著しい振動を与える業務
(7) 重量物の取扱い等重激な業務
(8) ボイラー製造等強烈な騒音を発する場所における業務
(9) 坑内における業務
(10) 深夜業を含む業務
(11) 水銀、砒素、黄燐、弗化水素、塩素、塩酸、硝酸、硫酸、青酸、一酸化炭素、 二硫化窒素、亜硫酸、ベンゼン、アニリン、その他これらに準ずる有害物の ガス、蒸気、又は粉塵を発散する場所における業務
(12) 病原体によって汚染のおそれが著しい業務
(13) その他厚生労働大臣が定める業務
この法律のわかりにくいところは、「常時雇用する従業員」が50人を超えた場合という部分です。「常時雇用する従業員」とは、その事業場で働いている従業員ということであり、会社単位ではありません。例えば支社を置いている大企業を例にとると、支社で常時働いている従業員が50人を超えた場合、本社に専属産業医がいる場合でも、支社独自で新たに嘱託産業医を選任する必要があるのです。
また、契約社員や派遣社員、パートやアルバイトなど、非正規雇用の従業員も、雇用の時間数にかかわらず「常時雇用する従業員」の数に含まれます。以前は定期健康診断の対象者である正社員の3/4以上の時間を勤務する従業員だけが含まれていましたが、労働者の安全を確保する目的で、全ての非正規雇用の従業員を数に含めるように変更となっています。この変更によって嘱託産業医の選任が新たに必要となった企業も数多くあります。
嘱託産業医とは、非常勤の産業医のことです。月に1〜数回程度(少なくとも2ヶ月に1度)、会社を訪問し、産業医業務を行います。訪問回数や時間は、会社の規模や契約内容によって決まります。主に規模の小さな事業場を担当しています。日本の産業医の8割前後が嘱託産業医です。嘱託産業医は、病院の勤務医が日常診療と併行してその役割を果たしていることが多く、臨床業務で蓄えた知識を産業保健活動に還元し、従業員の健康を守ることが期待されています。
専属産業医とは、常勤として会社に雇用され、その会社の産業医業務に従事する医師のことです。会社の社員として働いていますので、会社のことを深く知り、会社に合った産業保健活動を展開することが期待されています。
嘱託産業医と専属産業医の違いは、非常勤か常勤か、という雇用形態の違いのみです。基本的な産業医業務はどちらも同じです。強いていうと、嘱託産業医は限られた時間しか会社にいないので、法的に決められた業務をこなすことで精一杯かもしれません。反面、専属産業医はいつも会社にいますので、より積極的に産業保健活動に関与することが可能です。
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産業医の役割は、会社の安全および健康管理に貢献することです。その役割を果たすために、産業医の仕事内容のうちのいくつかは法令で定められています。また、法令で定められている事項以外にも、産業医に期待されている業務があります。
産業医には、課せられた役割を果たすための権利も同時に与えられています。産業医の権限と会社の対応について、簡単に目を通しておくと良いでしょう。
産業医の職務の基本的な事項は、労働安全衛生規則第14条第1項に定められています。
1.健康診断及び面接指導等(法第66条の8第1項に規定する面接指導及び法第66条の9に規定する必要な措置をいう)の実施並びにこれらの結果に基づく労働者の健康を保持するための措置に関すること。
2.作業環境の維持管理に関すること。
3.作業の管理に関すること。
4.前3号に掲げるもののほか、労働者の健康管理に関すること。
5.健康教育、健康相談その他労働者の健康の保持増進を図るための措置に関すること。
6.衛生教育に関すること。
7.労働者の健康障害の原因の調査及び再発防止のための措置に関すること。
このほか、労働安全衛生規則第15条第1項は以下のように、産業医の職場巡視を月1度以上行うことが定められています。
「産業医は、少なくとも毎月1回作業場等を巡視し、作業方法又は衛生状態に有害なおそれがあるときは、直ちに、労働者の健康障害を防止するため必要な措置を講じなければならない。」
産業医は、職場の健康と安全を守るため、以下のような権利が法的に与えられています。
産業医は「労働者の健康を確保する必要があると認める時は、事業者に対し、労働者の健康管理について必要な勧告をすることができる」と定められています。さらに事業者は、「上記勧告を受けたときは、これを尊重しなければならない」と同時に規定されています(労働安全衛生法13条3項、4項)。これが産業医の勧告権と呼ばれるものです。
また、産業医には指導・助言権も同時に与えられています(労働安全衛生規則14条3項、4項)。これは上記の勧告権と同様に、職務上必要な場合は、指導や助言をすることができるというものです。また、事業者側には、上記の勧告および指導・助言を行ったことで、産業医に不利益な取り扱いをしないよう求められています。これは、事業者側に不都合な勧告および指導・助言をしたことによって産業医が解任されたりなどで、業務の遂行に差し支えが出ることを防ぐためです。
上記に挙げた法的事項以外にも、産業医が職場で果たすことが期待される役割には、以下のようなものがあります。
産業医を選任する義務のある「常時50人以上の従業員」がいる事業所は、同時に衛生委員会の開催の義務も課されています(労働安全衛生法第18条、労働安全衛生法施行令第9条)。
衛生委員会では、下記の事項を調査審議することとなっています(労働安全衛生法第18条第1項)。
1.労働者の健康障害を防止するための基本となるべき対策に関すること。
2.労働者の健康の保持増進を図るための基本となるべき対策に関すること。
3.労働災害の原因及び再発防止対策で、衛生に係るものに関すること。
4.前三号に掲げるもののほか、労働者の健康障害の防止及び健康の保持増進に関する重要事項
衛生委員会の構成員については以下のように定められており、産業医の出席が望まれます(労働安全衛生法第18条第2〜4項)。
1.総括安全衛生管理者又は総括安全衛生管理者以外の者で当該事業場においてその事業の実施を統括管理するもの若しくはこれに準ずる者のうちから事業者が指名した者
2.衛生管理者のうちから事業者が指名した者
3.産業医のうちから事業者が指名した者
4.当該事業場の労働者で、衛生に関し経験を有するもののうちから事業者が指名した者
産業医が衛生委員会に出席し、審議事項について専門的な見地から積極的に助言を行うことで、従業員の健康に対する知識を底上げするとともに全社的な健康意識の向上に寄与できます。
高齢者でも働くことが推奨される時代となりました。それに伴い、がんなどの持病を抱えながら就労を継続する人が増えています。また、メンタル不調による休職・退職者も非常に多い中、精神疾患の治療をしながら働く人も増えています。
産業医が適切な介入と助言と行うことで、何らかの治療を行いながら働く人に対し、専門的な支援が可能となります。これにより持病の悪化による休職や退職を防ぐとともに、専門的な見地から就業の継続の可否および部署の適正配置などの検討を行うことができます。
メンタルヘルス対策の一環として、ストレスチェック制度が定められています。ストレスチェック制度は、労働安全衛生法に基づき2015年12月から義務化された制度であり、従業員のストレスレベルを簡易診断するものです。下記の条件に当てはまらない全ての従業員に対し、企業が年に1度実施する義務があります。
-契約期間が1年未満
-労働時間が通常の労働者の所定労働時間の4分の3未満
ストレスチェック制度は、働く人が自分のストレスレベルを知ることで、ストレスをためすぎないように行動したり、ストレスが高い場合は医師の面接指導などで助言をもらったりなどの対処を行うことで、メンタル不調での休職・退職を未然に防ぐためのものです 。
外部の機関に委託することもできますが、自社に産業医がいる場合は、自社の事情をよく理解した上で面談指導を行ってくれるので、より適切な対応が可能となります。
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産業医の選任は、法的な義務を果たすという事実以上に大きなメリットを企業にもたらします。産業医報酬は余分なコストだと考えている経営者もまだ多いのですが、産業医の雇用は法的義務の履行という側面だけではなく、企業経営上のメリットも大きいといえます。
病気による休職や退職は、労使トラブルの大きな原因となります。これらを未然に防ぐことで、労使トラブルの多くを回避することが可能です。
例えば、メンタル不調を訴える人が多い職場の場合、職場の担当者とともに問題点を探り出し、解決に導くことで、メンタル不調による勤怠の悪化や精神疾患による休職などを未然に防ぐことができます。
既に休職者が出ている職場の場合、復職のタイミングで産業医と連携を図ることで、スムーズな復職および再休職の予防につなげることができます。休職期間満了でも復職できる見込みのたたない従業員に対しては、会社側の一方的な意見だけではなく産業医の専門的見地からの助言をもとに、今後の方針を検討することで、退職にまつわるトラブルの多くを回避可能です。
従業員の休職や離職が多いことは、人手不足などによる職場環境の悪化を招き、ひいては企業の経営体力を削ります。能力の高い産業医と連携を図ることで、事故やメンタル不調のきっかけとなる危険の芽を早期に摘み取り、物理的にも精神的にも働きやすい職場環境を構築することができます。これにより離職率が低下し、熟練した社員が長く働いてくれるようになります。会社の雰囲気が良いことで労働生産性が上がり、長期的には業績の向上も見込めます。
長時間労働やハラスメントによって自死に追い込まれた従業員のニュースが世間を騒がせる現代、人々は心身をすり減らすブラック企業というものに敏感に反応します。何らかの事情で一度ブラック企業の烙印を押されると、そこからのイメージアップは容易ではありません。従業員の心身の健康を守ることは、企業イメージを守ることとほぼ同義となっています。
また従業員の健康管理を経営的な視点で考える「健康経営」がブランド化している今、従業員の健康に投資する姿勢を見せることは、対外的な企業イメージの向上につながります。また優秀な人材を確保することは、企業の持続的な発展に欠かせません。健康増進に積極的な態度を取っていることは、今時の就活生に対する大きなアピールともなっています。
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以上、特に産業医を初めて選任する会社の方に向けて、産業医とは何か、産業医になれる医師の条件、産業医と病院で勤務する医師との違い、産業医の役割と仕事内容、産業医を選任する事業場の条件など、産業医に関わる基本的な事柄とともに、産業医を選任することによるメリットを簡単にまとめました。
「職場に医師が来る」と考えると少々身構えてしまうところもあるかもしれませんが、産業保健の主体はあくまでも企業です。昨今、メンタル不調を訴える従業員が増えている中で、従業員の安全と健康を守ることは非常に重要な経営上のテーマともなっています。そのような中、専門的な助言を行う産業医の果たす役割は、年々大きくなっています。相性の良い産業医を見つけて、従業員の安全・健康管理をさらに質の高いものにしていきましょう。
また産業医の力を借りて職場環境を整えることで、メンタル不調に陥りにくい企業体質を作ることは極めて重要です。それとともに、少しでも早く従業員の不調を察知することで、休職など重大な事態に発展するリスクを少しでも減らすことが大切です。welldayは、従業員の働きがいとストレスレベルを週次で可視化することで、仕事に影響が出る前に従業員の不調を察知することが可能です。
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